絶対無
country: Japan
style/genre: Prog, Alternative Music, Art Rock, 和風Rock, New Tendencies, etc.
website: http://www.garando.com/
related bands/artists: 割礼
similar bands/artists: Persephone's Dream, Pink Floyd, The Cure, etc.
artist info: プログレ、グランジ、ポップス、昭和歌謡などのサウンドに、邦楽や民謡などのエッセンスをブレンドした独自の音楽性が魅力。



絶対無 - What Can I Do
伽藍堂レコード
(2003)

皆さんは、日本のロックバンド絶対無をご存知でしょうか?。今回、このレヴューでとりあげているのが2003年10月8日にリリースされた、通産3枚目のフルレングスアルバム「What Can I Do」になります。聴いていてまず彼らの特徴として真っ先に挙げたいのは、あらゆるスタイルのロック音楽を日本人が持っている独自のオリエンタルな要素を通してまとめあげた音楽内容となっていて、興味を持ちました。簡単に彼らのプロフィールを紹介したいと思います。1983年にギターリストの古江尚によって絶対無が結成。日本の音階や雰囲気を自然体でロック作品に導入するというスタイルを貫いており、80年代の初期から現在にいたるまでその精神性を大事に守った音楽性に定評が集まっています。1989年にはファーストアルバム「うちの婆様が言うには(LP)」をリリースし、ライブ活動を地道に展開。後にあの音楽評論家として著名な渋谷陽一氏をうならせるほどの評価を得るなど、各音楽界からも賞賛と激励を受けるなどの後押しもあり、活動や音楽性にも磨きをかけていったそうです。その後、コンスタントに活動を続けており、日本のみならずインターネットを介して欧米の音楽シーンでも取り上げられ絶賛されております。また1998年には、海外レーベルのオムニバス盤にも参加。同98年には、セカンドアルバム「In The Decadent Times/世紀末には(CD)」を海外でプレリリース。この作品も大きな話題を呼ぶこととなり、オルタナ・サイケ・プログレ・歌謡曲・民族音楽などのスタイルに日本独自の「和」の要素がブレンドされた彼ら独自のアイデンティティーを確立することになります。インディーズやオルタナシーンで重要なバンドのひとつして注目を集めます。2001年、2002年は絶対無にとっては、大事なターニングポイントとなったようです。全米ツアーや欧州ツアーなどのオファーを受けるものの、ツアー中のトラブルにより契約を破棄されてしまい苦境に立たされた時期もあったそうです。そういったハプニングに見舞われながらも堅実に音楽活動を続け、2003年に10月8日に新譜CDが国内ではジャパンミュージックシステムが販売元となりWhat Can I Doをリリースすることになります。彼らは活動の場所を日本はもとより、海外にも目を向けており、意欲的な姿勢を見せています。

現在のメンバーは、リーダーの古江 尚(guitar/vocal)、Keyboardistに豊岡 成治、ドラマーの松橋 道伸、ボーカリストの要子(かなこ)、ベースはMay(メイ)の5人体勢になっています。古江尚が、リーダー格として楽曲のコンセプトや作曲・作詞を主にてがけており、「和」と「洋」が巧みにブレンドされたRockサウンドは、北九州は小倉の祇園太鼓や筝曲などの日本土着の音楽から欧米のロックやポップスなどが大きなバックグラウンドとなっているという。キーボードを担当する豊岡成治が奏でるシンセ〜Keyサウンドは、非常にシンフォ・ロックテイスト的でアンサンブルを重視したサウンドに仕上がってますので、Genesis新月などが好きな層にもアピールするかもしれない。ドラマーの松橋道伸は、インディーズシーンでカリスマ的な存在感を持つ「割礼」のドラマーとして活躍をしていたベテランだったが、その後バンドのテーマに共感し、絶対無に参加。彼のドラムビートは欠かせぬ屋台骨としての役割を担っている。Vocalistの要子は、もともとR&Bなどのスタイルを得意とするシンガーだったようだが、このバンドに加入してからは、日本語・英語を使って歌い分ける手法を取っています。絶対無の楽曲が持つムードを掴みながら、繊細且つエモーショナルな歌唱でストーリーテラーとしての役割を果している。Bassのメイは幼い頃から音楽に親しんだ素養を持っており、楽曲が要求してくるビートを分かりやすくグルーヴィーな形で表現をしている。

さて、それでは気になるWhat Can I Doから感じ取った彼らの音楽についての印象や感想を書いてみたいと思います。まず、冒頭でも触れたように音楽的スタイルについては、一聴すると確かに様々な要素が見事な形で組み合わさっている様子を窺い知る事ができる。聞き手によっては、絶対無の音楽を「プログレ」、「グランジ」、「オルタナ」、「サイケ」という形で様々に評論しております。僕個人も確かに広義的な意味合いでの「プログレ」〜「オルタナ」といった領域に通じるサウンドだと思うが、単純にそういうジャンル別して判断すると、聴く前に間違った印象を植え付けてしまいそうなので僕は、あえてそういう表現は避けたいと思う。彼らの場合は、日本の音階や和の風味を強く感じさせる、キャッチーで親しみやすいRock Musicの形態をとった一種のArt Rock的なサウンドをさらりと自然体でやっているという印象が正直思った事であります。絶対無というバンド名や、ジャケットの不思議な雰囲気などから、ついつい我々は「プログレ」4文字キーワードで事を解決しそうになる。だけれども、「プログレ」というのは彼らの音楽を表現するうえでは、あくまでも彼らが持っている音楽性の要素・あるいは引き出しの一つにしか過ぎないのではなかろうか?。もっと、あっさりと言い換えるならば、「純粋な邦楽スピリットとソウルを持った日本人による、本物のロックバンド」だと思う。

それでは、1曲づつ印象を書き連ねてみたいと思います。
1. 夜明けのプロローグ
1stアルバム「うちの婆様が言うには」に収録されていたリミックス版。日本独特の短音階フレーズが、クリーンギターで演奏されておりまるで筝曲のようなフレーズが彼ら独自のものを感じさせます。ドラムもまるで鼓のような和風のサウンドを醸し出しています。キーボードもストリングス系の音を使用していますが、和風シンフォ・サウンドを形成しています。ピッチベンディングやホイールなどの効果を使って音自体を揺らせたりしていて、これも日本風で良いですねー。その上に、若干うつろげでありながらも透き通った要子によるフィーメール・ボーカルが載ったスタイルです。もちろんこの曲は和を大事にした楽曲ということで、日本語で歌われています。

2. Class V:
1曲目の和風的なアトモスフィア-から一転し、キャッチーかつ躍動的なオルタナ風ロック・サウンドが支配的な楽曲。イントロダクションのパートが不思議なことにアメリカのPersephone's Dreamに通じる世界観があって驚かされました。ちなみにClass Vとは、ブックレットにも記載されているように医学用語で「精神状態が最悪の段階」という意味だそうです。楽曲が持つ雰囲気は、非常にアンバランスな精神状態が躍動的なリズムやグルーブによって表現されています。この曲は英詞となって、1曲目とは異なり力強くエモーショナルに歌われています。このアルバムの中では最も好きな楽曲の一つです。

3. What Can I Do/私に何ができるの:
大きな振幅を持ったメロディーの動きが印象的な楽曲。キーボードとギターのフレージングがイントロから支配的。曲全体は確かに、シアトル・グランジ勢に通じるハード&ヘヴィさがあります。「自分が他の人のためにどういうことができるのか?」というメッセージが迫ってくるかのようだ。サウンドや各楽器のメロディー一つ一つが、唄の内容に合わせて心に問い掛けてくるようなシリアスさも兼ね備えている。

4. 硝子のフウセン:
やるせなさや無常観がただよう内容。せつなく語りかけるような唄になってます。曲の持っている和風ビート(これが小倉の民謡サウンドなんでしょうか?)が独特で面白い。それと同時にメロディーラインや歌メロは、日本人には懐かしく感じられる部分があります。とてもキャッチーで親しみやすいが、その一方で歌の内容はフィロソフィカルな風味が効いています。

5. Twilight In My Life:
この曲では、メインボーカルは、古江 尚が主に担当している。この曲では、特に古江氏の声質がPink FloydDavid Gilmourに通じるものを強く感じさせる。コーラスでは、要子とのハーモニーが印象に残る。中間で出てくる静謐なPianoサウンドと、ディストーションのかかったギターフレーズが、心の空虚さを表しており。この曲が持つ心の中を掻き毟られる衝動を見事に演出する歌と演奏が、特徴的。

6. てふの舞:
イントロのシンフォ風キーボードサウンドによって楽曲が導かれ、要子のメインボーカルにより彩られていく。要子さんの歌は、この曲では特に柔和で透き通った感じが強調されているように思う。バックで流れるストレート・フォワードなドラムとベースによるビートが重要な骨格を形成していて、ピアノの音もどこか寂しさや哀感が出ている。コーラス部では、Mayと要子によるボーカルハーモニーも登場。古江氏による、骨太なギタープレーが後半で活躍。この楽曲では人間が求めている「ぬくもり」への願望が描かれている。

7. 右往左往:
この曲も序盤の部分などは特に、2曲目同様驚く事にPersephone's Dreamの最新作におさめられているEndymionという楽曲に近い雰囲気をもっています。この曲は歌詞のノートにも記載されているように2001年9月11日以降、東西の世界が変わってしまった出来事にインスパイアされた作品となっている。東と西がお互いから、次第に離れていく悲しさがアトモスフェリックな音像で迫ってくる。キーボードにより繊細且つエモーショナルな部分を表現している。シンセフレーズやキラキラした音色など、シンフォ・ロックファンの琴線に触れる部分があることにも注目したい。

8. Alcatraz Wind:
アメリカツアー時に、訪れたサンフランシスコとアルカトラスに思いを馳せた古江尚氏による歌もの。古江のボーカルによって、サンフランシスコの華やかさや喧騒、そして悲しく沈み込んだアルカトラス島の情景対比によって楽曲の雰囲気が如実に伝わってくる。

9. 物憂い雨:
曲全編に流れるピアノ調べが美しい。特にイントロやヴァース部の雰囲気は、まるでPink FloydのTimeに通じる部分がある。雨や気だるい雰囲気や煩わしさ、苛立ちを描写した楽曲。中盤以降から出てくるシンフォ風味のシンセやフルート的なサウンド〜バックで流れるドラムビートやシンバルの音などもかかせない繊細なムードを醸し出している。ギターソロもややディストーションの音は抑え目ながらも叙情的。古江氏による泣きのギターフレーズが、欧州的な色合いを出している。実はこのアルバムで僕が一番好きな楽曲の一つが、この9曲目だったりします。この曲の終盤では、展開部も用意されており要子の歌声も、どこか力強いステイトメントを持った印象がある。Mayもバッキングで活躍。まるで万華鏡のように色んな側面や表情を持っているという点でも、お薦めしたい曲です。

10. Namu-Amidabutsu III
バンド活動の中で、かなり初期の段階で制作され、1989年にリリースされた1st「うちの婆様が言うには」に収録されていた曲の英語バージョン。コーラス部分は国境を越えたような不思議な雰囲気を持っている。コーラスの「南無阿弥陀仏」というところが、妙にユーモラス且つキャッチー。「スリランカ方面の音楽」と「沖縄・九州の民謡」が融合したかのようなコーラスが、大変インパクトあります。サウンド全体はキャッチーだが、ポリティカルな内容やメッセージ性が古江のリードボーカルに込められている。

11. 夜明け - エピローグ:
これは、1曲目の続きの内容となっており、1曲目で表現されていた和の世界がさらに美的感覚を帯びて、空間に無限に広がっていく様子が伺えるかのようだ。この曲も、「うちの婆様が言うには」に収録されている同曲の新ヴァージョンだそうです。


11曲非常に聴き応えのある、粒揃いの楽曲だと思います。聞き込んでいくうちに、自分が持っている日本人のアイデンティティを呼び起こすような効果を得られるのではないでしょうか。個人的には、1曲目、2曲目、4曲目、6曲目、7曲目、9曲目、10曲目辺りが印象にとても残りました。特に2曲目、7曲目、9曲目あたりがフェイバリットです。日本国内も精力的にライブツアーで周っているようです。来年は広島辺りにも来るようなので、ライブに行けたらぜひ彼らの音楽に生で体験したいものです^^。(プロモ盤Review)


絶対無 - 花魁
伽藍堂レコード
(2005)

和の精神を大切にしたロック・バンド絶対無による、通産4枚目となる作品。日本の伝統音楽〜昭和歌謡、そして欧米のロック・サウンドを見事に自分達の中で消化しており、プログレ系やオルタナ系のリスナーを始め、多くの音楽ファンにもアピールする不思議な音楽性を内包しております。ライブにも足を運ばせていただきましたが、独特のムードと確固たるスタンス〜世界観を持ったRockグループであるという印象をさらに強く持ちました(絶対無のLive Reportについては、こちらをどうぞ)。前作から余りインターバルを空けずに、2年ぶりとなるリリースとなりましたが、ベーシストのMayさんとキーボーディストの豊岡さんが脱退しており(Genesisのアルバムタイトルを借りて表現するならば)、「そして3人が残った」ということなのでしょう。しかし、前作と比べても些かの迷いもたじろぎもない、彼らの作品中でも最もライブリーで躍動感のあるサウンドが支配的であります。

まず個人的に強く感じ取ったことは、以前から持っている絶対無のメンバーそれぞれの良さを保持しつつも、より違った側面を押し出したりといった具合に変化や、進歩の跡を見ることができます。特にボーカリストの要子さんの場合、前作とは違う手法や新しいことにも挑戦している様子が窺えます。彼女の持ち味である自然体で、フレンドリーな歌い方はキープしつつも、楽曲によっては歌詞の世界観に影響された大胆で過激な部分も演出しております。ドラマーの松橋 道伸氏のプレーも前作と比べると、アプローチの仕方が大変面白いと思いました。数多くのライブ・パフォーマンスで磨き上げてきた、ご本人のプレースタイルと表現力はとても豊かなものであるなーと感銘を受けるに値するものが充分にあります。

リーダーの古江 尚氏は、本来のパートであるギターだけでなくキーボード・ベースも担当しておりますが、アンサンブル指向の演奏はより強くなったと思います。古江さんの場合、受け持つパートが何個もあって大変だったのではないでしょうか。演奏面ではお互いをサポートしつつ、主役である歌と音楽に一番気を遣っておりまして、その辺りメンバー全員が熟知しているなーと感心しました。

この花魁全体の印象ですが、以前よりもハードでドライブ感のある演奏が楽曲によっては前面に登場しております。Hard RockやAlternative Rockを聴くファン層を取り込む力を持っています。また彼らは内省的な面を見せながらも、包み込む優しさも持ち合わせており、その辺りは欧州のProgressive RockやSymphonic Rockが好きなリスナーの琴線にも触れる可能性が充分にあると思います。バンドの結束を強固にし、満を持して発表されたのが、この「花魁」であります。欧米のRockサウンドと、日本の土着音楽や伝統的なサウンド、そして和の精神・・。これらを融合させ、且つ本物に仕上げていくというのは並大抵のことではありません。

オープニングのタイトルトラック「花魁」が刺激的で、ムード的には戦前の映画やドラマ作品のシーンで出てくるような感じで、賑やかで楽しさに溢れた繁華街や吉原などを想起させます。1曲目に見られる、躍動的な宴会風のドンちゃんした雰囲気がとても印象的で、パーカッシブで面白いなーと思いました。間違いなくこの曲は、ライブでも好まれている1曲ではないかと思います。2曲目の「あなたの子がほしいわ」、3曲目の「I'm Sure(きっと)」、4曲目の「tsu-bo-mi」に至るまで、艶かしくもギラギラした躍動感は一貫して繋がっていると思いました。5曲目の「わたしには分からない」以降は、6曲目の「ぬけがらの瞑想」、ラストの「キミがついた小さなウソ」などは、前半4曲の悩ましさや異常な情熱とは、またかなり異なるムードが出ていると感じました。後半4曲は、主人公が次第に迷走し、自分を失っていくかのような、そんな印象を持ちました。全体的には甘美で幻惑的なムードが充満していますが、キャッチーで楽しい部分は、まるで楽しいお祭り囃子のような懐かしさも出ています。要子の歌、古江のギターサウンドとオーケストレーション、そして松橋によるドラミング、このトリオによって見事に演出し、自分達の持っているものをぶつけてきたと思います。

特にコンセプト作品として狙ったのかどうかは定かではありませんが、「花魁」をモチーフに、作品全体にひとつの流れを作り上げていますね。女性の観点から描かれた恋物語・男女にまつわる悲哀などが中心に含まれております。性を扱った歌詞などは、かなり妖艶で刺激度が強いです。本当に歌詞だけ見ると、(もちろん音楽性は全く異なりますが)Pain of SalvationRemedy Laneなみに、性的なテーマを大胆に取り扱っていて、最初はビックリしました(^^;)。これは聴き手によると思いますが、私の好みの見地から言うと、情念にまみれたドロドロしたマニアックなものになっていないのが大きな救いです。確かに妖艶なのでありますが、ポップな感覚も伴ったロック・サウンドに仕上げており、しかも親しみやすいのがユニークです。

テーマ的には、「花魁」という日本独特の文化背景を取り上げていますが、楽器やサウンド自体は欧米から持ち込まれたものを用いて全く違和感なく表現しているところが、絶対無の最大の武器であり魅力であります。またこの作品で新しい境地に達することが出来たのではないでしょうか。この作品で描かれている内容が、きっとライブではさらに毒々しくも躍動感溢れるものになって、ヘヴィでパッショネイトなものになるのだなーと予想しております。レヴューを書きながら、個人的に思い巡らしてきましたが、内容が、「花魁」というセクシュアルなものを扱っていますが、ヨコシマな気分はどっかに置いて、体当たりで真っ向から格闘していくべき音楽作品ではないでしょうか。もちろんサウンドの仕上がりも大変良好で、バランス感覚もナイスです。日本のProgressive /Alternative Rockシーンの中でも、極めて孤高の存在と言えるでしょう。(プロモ盤Review)


絶対無 - Miroque
Poseidon/伽藍堂レコード
(2007)

和の精神をロックに取り込んだサウンドで、海外のオルタナ系からプログレ系のメディアでも賞賛と注目を集めているJapanese Rockグループによる最新作です。前作と同様にベースとキーボードを兼任するギターリストの古江氏、ドラマーの松橋氏、そしてリードボーカリストの要子さんの3人を中心核としてアルバムが制作されています。ニューアルバムの「Miroque」(弥勒菩薩の弥勒でしょう)では、前作とはだいぶ色合いが異なり内省的な部分がクローズアップされている楽曲が多いと思いました。スタイル的には、2作前の「What Can I Do」アルバムに収録されている哀愁と儚い部分を強調した楽曲に近いと感じるリスナーもいるでしょう。絶対無の場合は楽曲指向のものが多く、要子さんのリードボーカルやメロディーを中心とした路線は継続して守っています。

今回の作品はアルバムジャケットや歌詞にも現れているように、かなり精神的にディープな領域を見据えたような印象を持ちました。アルバムの前半は、特に人間の内面を捉えるばかりでなく、なにか寺院や境内の中に足を踏み入れたかのような荘厳な気持ちにさせられるサウンドだと思います。人間の内側やその世界観を覗いてみたかのような音楽が好きな人には、結構面白いと感じられることでしょう。本人たちは、こんな表現はきっと嫌がるでしょうが、プログレ系リスナーには最新作のMiroqueが琴線に一番ヒットするかもしれません。彼らの場合は、特にプログレッシヴ・ロック的サウンドを意図的に狙っている訳ではありませんが、このPILGRIM WORLDサイトを参考にしているProg Metal系を中心に色んな音楽を楽しんで聴いているリスナーに何かを感じ取ってもらえる可能性があると思うのです。

今まで以上に深く内面的な日本の侘び寂び、そして「ものの憐れ」をロックのフォーマットで表現をしているところが、他の追随を許さないかのような凄みがあります。そこが絶対無の特徴でもあり強力な武器と僕は思うのです。バンドのサウンド自体はあくまでも欧米のRockグループに近いものでありながら、作曲面を担当するリーダーの古江 尚氏のサウンドメイキングやプレースタイルにかかると多くの日本の「和」をテーマにしたものとは、異なる独自の世界を作り出しています。特にこのMiroqueでは、日本の精神世界への扉を開くかのような不思議な音作りとオリジナリティを発散している・・・と言うのは過言でしょうか?。特に今回はジャケットなどのイメージからか、平安時代〜鎌倉時代〜室町時代のの和歌や随筆ものにも通じるかのようです。他の楽曲を聴いていると、まるで藤沢周平の小説でも読んでいるかのような、そんなことも想起させる場面もありました。そうかと思うとアルバムの後半には、元々彼らが影響を受けてきた英国や欧州のロックバンドやポピューラー音楽の影響下にあるであろうサウンドやスタイルを和の精神に囚われすぎないような楽曲やプレーを、サラリと出す引き出しも持っており痛快です。

正直この作品に1回対峙したときには、前の2作が躍動感や情熱と言った側面が強くて入りやすかっただけにMiroqueという作品の静けさと水墨画のような佇まいに、若干の戸惑いを感じたこともあります。ですが、時間を置いて楽曲をひとつずつ紐解いていくと、非常に練られた内容になっており、表面的に和を取り繕った凡百のグループの音楽を蹴散らすほどの迫力と信念が感じられました。音のひとつひとつ、そして細部にわたって邦楽が培ってきた音楽世界とメンバーが深い憧憬を持ってやまない欧米の音楽への昇華が、このMiroqueの至るところで結実を見せたと思います。とはいうものの、リードボーカルの要子さんの親しみやすい歌声によって決して難解ではなく、むしろ分かりやすさを見せているというのは注目に値するでしょう。また新たな絶対無の音楽観を垣間見ることができたような気がします。ものの憐れを邦楽風ロックサウンドで形成していることに注目しつつ、肩肘を張らずに身をゆだねて聴くことをお薦めします。(プロモ盤Review)

discography:


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